徒然帳

小説と、障害と、時々日常

騙されて、残されたのは

まだ二年。もう二年。早いと思うか、遅いと思うか。人によるところだけど、思い出すのに時間はかかるようになった

これはその記憶の追憶。忘れないように、忘れたいために

 

ベンチャー企業で、今は副社長の位置にいる。昔馴染みの話だからと信じた。凄い、頑張ってるんだと。過去家族とのいざこざや受験の苦悩、進学してギャップを感じたまま退学したこと。苦労したのを知っていたから、頑張ってる姿が眩しかった

 

「お前のせいで会社に損害が起きた。1200万払ってくれ」

 

半分(つまり600万)は俺も肩代わりするから、と言われた時私は戸惑った。そんな契約を彼と、ひいては彼の会社と取引きなどしていなかったから。万単位の、それも桁違いの契約をしていれば嫌でも忘れないものだ

その反面、彼を経由して教えてもらったフリーランス向けの案件サイトに登録したのもこの時期だった。それ関係だと言われたらサイトで完結してることにサインなどない(当時、サイト仕様の案件受理に甘えていたといえばそれまでである)

信用していた人間の言葉だった

だから何とか工面しようとしたが、50万しか用意出来なかった。1/6(=100万)を一度払えたら、後は月10万ずつで構わないと言われたのに……。相手に頼み込んで、向こうが150、こちらが50払う形で何とかなった

だが、これからどうすればいいのだろう。家にお金がないのは知っていた。だけど誰にも話さないのは辛かった

だから家族の中で唯一信頼していた祖母に打ち明けた

「泣かないで。婆ちゃんが何とかするから」

何とかなるものでもないのに。そう思った

 

だが、世間というのは広いようで狭く、それでいて世界は怖い。いつ牙を誰に向くか分からないのだから

翌日の夕方、とある人から連絡がかかってきた

その人は祖母の知り合いで、『本物』の社長だった

契約した時の状況、対話、その後の向こうと交わした会話を聞かれて、全て包み隠さず話した

「うーん……。それはちょっと怪しいから、ちょっとその本人と話したいな。電話は逃げられる可能性があるし……。その人の今の住所、分かる?」

「実家に住んでると聞いたので、昔と変わってなければ……」

 

その夜、事態は急変した

「『詐欺』だったよ。君を騙してたんだ、向こうは」

怪しいと言われた時点でもしかしたらと思った。けれど彼に限ってとも思った

裏切られた時、人はこんな気持ちになるのかと頭は冷静だった

「どうする、警察行く? 君、性被害も受けてたんでしょ」

合意のない性行為。俗にいうなら避妊行為なしの性行為。証拠はないが、自供という形になる為訴えることができるらしい

──それでも彼へ責任は取れない。賠償金も懲役もさせることはできないと私は知っていた

彼は私と同じ精神疾患を抱えているから、たとえ医者にかかっていなかったとしても「私」という例がある以上、不起訴以前に書類送検すら出来ない。だからこれ以上、一切の連絡と接触をしないという誓約書でもって『和解』した

身内はこの背景を知らないがゆえに「甘い判断だ」と言われたが、仕方ない。いくら向こうが自称とはいえ『記憶がない』『僕は多重人格らしいんです』と警察へ話せば……『私』という存在がある以上、責任能力なし、及び騙す意思があったとは、立証できないのだ

 

 

私には借金が残された

向こうはその事実を知らない

知ってなお、誓約書を破ってこちらへ連絡を取ろうとするなど──そんな馬鹿なこと、あって堪るものか